アイドルのいない月曜日

入信しました。

王子様の罪

暑い。ので、何だかんだ夏の現場運がないこともあり家でだらだら過ごす予定です。いやワクワク学校とここさけ試写会が当たっちゃったんですよね……その代わりコンサート運が犠牲になったんだと思う……。なんてナチュラルにSexy Zoneを推したり、アイスショーで生のソツコワ選手を拝んだりして楽しく過ごしているのですが、如何せんね、NEWSの新曲が出ないね!シゲアキ担の妹と暮らしているので実感がないけれども、まあ出ないね!ただ会報見てNEVERLANDオープニングのポンチョの写りに驚いたり、装苑が凄そうという噂を聞いて、最高だな……という思いを日々新たにしているので全然大丈夫です。本当にまだ大丈夫です。

と、いうことで実写版「心が叫びたがってるんだ。感想。やっとアニメ版*1も観たので比較しつつ、ケンティーは最高!て話をします。以下ネタバレ注意。

 

アイドル王子様論

そもそもここさけは2015年に劇場アニメとして公開されたざっくり言うと青春映画で、あの花と同じチームの制作である。この度実写化されるに当たっては「≪最高の失恋≫は、あなたをきっと強くする」というキャッチコピーが付けられ、秩父の自然の美しさ、透明感をそのままに生かした、丁寧な作りの作品に仕上がっている。

基本的には原作のアニメ版に忠実なのだが、一点大きな差異がある。あらすじを実写版とアニメ版両方から引いてみよう。

高校3年の坂上拓実は、「地域ふれあい交流会」の実行委員に任命されてしまう。

一緒に任命されたのは、おしゃべりが出来ない少女・成瀬順。
彼女は幼い頃、自分の一言で、両親が離婚してしまい、それ以来誰にも心を開かなくなっていた。
その他、優等生の仁藤菜月、野球部の元エース田崎大樹が選ばれた。
実は拓実と菜月は元恋人で、2人は自然消滅した後、お互いに気持ちは確認できずにいた。
担任の思惑で、"ふれ交"の出し物がミュージカルに決定。
「ミュージカルは奇跡が起こる」という一言に、勇気を出した順は詞を書くことを決意し、さらに主役に立候補する。
そんな彼女の姿に感化された拓実が曲をつけることに。
順は拓実の優しさに好意を寄せるようになり、菜月は自分の想いを諦め、そして夢を追う順の姿に大樹は好意を寄せ始める。
目の前の人に好きと言えず、すれ違う4人。
そして、舞台当日「やっぱり歌えない」と順は消えてしまい、拓実は順を探しに行く。
しかし、舞台は、主役不在のまま幕をあける……*2

幼い頃、何気なく発した言葉によって、家族がバラバラになってしまった少女・成瀬順。

そして突然現れた“玉子の妖精”に、二度と人を傷つけないようお喋りを封印され、言葉を発するとお腹が痛くなるという呪いをかけられる。それ以来トラウマを抱え、心も閉ざし、唯一のコミュニケーション手段は、携帯メールのみとなってしまった。
高校2年生になった順はある日、担任から「地域ふれあい交流会」の実行委員に任命される。一緒に任命されたのは、全く接点のない3人のクラスメイト。本音を言わない、やる気のない少年・坂上拓実、甲子園を期待されながらヒジの故障で挫折した元エース・田崎大樹、恋に悩むチアリーダー部の優等生・仁藤菜月。彼らもそれぞれ心に傷を持っていた。*3

前者が実写版、後者がアニメ版で、明らかに主人公が順から拓実に移っていることが分かる。実際は実写版アニメ版共に、視点が一人に固定されているわけではない、所謂群像劇なので、アニメ版から見た人が順の視点に立って見ても違和感を覚えることもなさそう。というか実写版がより三人称的だから相対的にそう見える、というレベルだと思う(実写版にも順単体のキービジュアルが制作されている)。実写版から見る人は、「主演・中島健人」と銘打たれていることもあり、自然に拓実の視点に立つだろう。私はアニメ版の順単体のキービジュアルの印象が強かったので引っかかりを覚えていたものの、いざ映画が始まると完全に拓実視点で物語を追っていた。

このことによる効果は後で考えるとして、先にストーリーについて補足しておく。幼い頃順は山の上のお城(ラブホテル)から父親が知らない女性と出てくるところを見てしまい、お父さんは王子様だったのだと母親に喋ってしまったことで両親が離婚した。ミュージカルでは、お城の舞踏会に行きたい女の子が、舞踏会は実は罪人の処刑場なのだと知り、それでもお城に行きたいと犯罪を重ねた結果、「言葉で他人を傷つける」罪で言葉を失ってしまう。ここまでは順の体験と重ね合わされているが、ふれ交の活動を通して順は、王子様と出会った少女の中に愛の言葉が生まれ、王子様を庇って冤罪で処刑された少女の首から愛の言葉が溢れ出す、というラストシーンを考える。だが最終的に、少女の気持ちを知った王子様が人々を説得してくれてハッピーエンド、というものに変更するのである。

このとき、アニメ版では「私こそ何も見ていなかった。とても尊く幸せな言葉をもらった少女は、しかし、王子の悲しみには気付いていなかったのです。少女は王子様に、どんな言葉をあげられる?」とモノローグが入る。そう、アニメ版には順のモノローグや、玉子と対話するシーンがあるのだ。

実写版ではそれらのシーンは削られており、順が拓実に恋心を抱いていることは公演前日まで直接言及されることはない。二人きりになろうとする拓実と菜月を気にする順の様子から、なるほど舞台成功と同時に恋愛も成就してしまうのか~と意識した*4次の瞬間、順は二人がよりを戻すところを目撃してしまい、ショックから歌えなくなってしまう。更に、実写版ではよりを戻す時点ではっきり「ずっと仁藤が好きだ」と告白するのだが、アニメ版では「俺、後悔してた、あんとき。仁藤が手を伸ばしてくれようとしたこと、分かってたのに、自分からは何もしなかったこと。だから、成瀬が頑張ってんの見て、俺、俺も今度はって」で止まっていて、本音を言う勇気が出せなかった自分を恥じる菜月は「ごめん、今は聞きたくない」と拓実に告白させない。アニメ版ではそのまま走り去る順を追いかけ、再び玉子に呪いをかけられるシーンが入る。しかし実写版では、気持ちの通じ合った拓実と菜月側にカメラが残り、順の絶望は翌日判明する。つまり実写版は、視点の変更を通じて鈍感という拓実の罪を強調していると言えるだろう。拓実の視点からは常に二人の女子が見えているので、菜月を選ぶことも腑に落ちやすい。

― 拓実は、女の子の気持ちになかなか気づかない鈍感なタイプですが、そんな失恋を経た中島さんから見て、拓実の男としてのダメな部分や、もっとこうしたらいいのに!と思う部分はありますか?

中島:いや、僕も実際こういう人間だったんですよ。結構鈍感だった。今も鈍感なのかもしれないですけど、過去に、自分の好きな人にはあまり接することが出来なくて、でも最高の友達だと思っている子には濃く接してしまったことがあったんです。その濃く接した女友達は僕に好意を抱いてくれたのですが、自分はそういうつもりじゃなくて…。

― 可哀想…(笑)。

中島:だからそこが、僕の最大の罪。*5

 

坂上拓実は鈍感である。だからこそ、失踪した順をラブホテル跡で発見、説得する誠実さが響いてくる。この誠実さは、紛れもなく王子様の責任の取り方である。

拓実は順の王子様である。アニメ版では3度玉子にヒビが入る演出があり、1度目は拓実のアドバイスで歌なら歌えるのだと気付いたとき、2度目は「成瀬はちゃんと頑張ってるんです」と拓実が母親から庇ってくれたとき、3度目は拓実がハッピーエンドに変えることになったラストシーンに、悲痛な印象もある前のバージョンも一緒に組み込もうと提案してくれたときである。2度目のときは王子様が少女に「とても尊い、幸せな言葉」をくれたと、3度目のときは「私の、王子様」とモノローグが入る。

順は離婚のトラウマから、自分は罰を受けるべきだと呪いをかけており、拓実はこの呪いを解いてくれる救世主である。拓実は救世主にはなってくれるが、恋人にはならない。先にハッピーエンドに結末を変えたのは王子様=拓実のトラウマを癒すためなのだと話すモノローグ部分を引用したが、これは恋人関係になることで双方のトラウマが癒される物語である。元のラストシーンだと、少女が勝手に救済されて勝手にトラウマを克服する物語になる。トラウマを癒してくれた人と恋に落ちる、という物語は典型的な少女漫画の論理であるし、今回もそうであっても不自然ではないのだが、拓実は後者の救済の物語を活かそうとする。

救世主にはなってくれるが、恋人にはならない。そのようなあり方を「王子様」と呼ぶのは極めて正しく思われる。アニメ版ではモノローグによって繰り返される拓実=王子様の図式が、実写版ではモノローグがなくても観客に理解されている。中島健人が王子様だからだ。

アイドルに何を求めるかは人それぞれだが、私の理想のアイドル像は、恋人ではなく救世主寄りである。実際交際してくれると言われたら喜んでついていくだろうが(笑)、冷静な今の頭では仕事の顔が好きで応援しているのだから、恋人関係になってしまったら本末転倒だなあと思う。だから「アイドルだから一人の子と付き合うのは無理」と振られたい。最高の失恋。ケンティーは仕事人間だから絶対そういう振り方をしてくれる、いやしてほしい。恋人になってしまったら、もはや王子様ではいられないのである。

失踪した順の代わりに菜月が少女役を演じたため、順が戻ってきた後舞台上には少女が二人存在することになる。ラストシーンは勝手に救済される物語を歌う「悲愴」と、恋人関係になる物語を歌うOver the Rainbowを同時に歌う演出だが、順が「悲愴」パートを歌い、菜月が「Over the Rainbow」パートを歌うというのも順当である(王子様=拓実は「Over the Rainbow」を歌う)。より正確に言うならば、アニメ版では少女役(菜月)と少女の心の声役(順)として少女が分裂したかのような演出になっているのだが、実写版では菜月は元の草花の精の役に戻っている。菜月にとって拓実は王子様ではなく恋人なのだから、「お姫様」を演じる必要はない。モノローグのない実写版でも、拓実を順にとっての王子様に見せる仕掛けがそこここに存在すると言える。

実は、初見の感想は「おたくが救われる話の類型じゃん」だった。根暗おたくが分け隔てなく接され、何らかのスキルを褒められ、心を開いていくパターンである。順の場合はミュージカルの脚本を褒められることが自己肯定感に繋がっていく。恋人がいなくても生きていくことはできるが、救世主がいなかったら人生どうなっていたか分からない。トラウマの克服と恋愛が、結びつかないけれどもプラスの方向に発展するという描かれ方は、私にとっては新鮮であると同時に大変納得のいくものだ。

 

 

監督に最初に会ったときに、『今の中島健人に拓実の要素を足すべきなのか、今の中島健人からいらないものを引いていくのか、これは作品に入る前に考えておいてね』って言われたんです。それで、どっちだろうなって悩んだんですけど、やっていくうちに引いていくほうだなって感じて」*6

かっこよく見えないように注意したという話。噓じゃん!!!て思いましたね。いくら歩き方に気を付けても内面のあり方が王子様だから……。

「物静かな部分だったり、本音を言わないところは、ひと昔前の自分に似ているなって思います。この役に関しては、ジャニーズに入る前の記憶に助けを求めた感じです。自分の中学時代って、友だちも多くなかったし、まわりと人間関係がうまくつくれなかったんです。気持ちを伝えられなかったり、逆に伝えすぎたこともあった。言葉の温度の調節って、ものすごく大変なんだなって感じていました」*7

最初に引用したインタビュー記事もそうだが、今回「ジャニーズに入る前の自分」の話を何度かしている。何のことはない、かっこつけなくて物静かで本音を言わなくても、王子様の素質があったってことでは……。最高じゃん……。

まとめると、根がハイカーストではないので救世主に救われたい願望があるし、アイドルには振られたい。アイドルにならなくても爆モテだった人が、アイドルになることをを選んで「王子様」を引き受ける道に入る尊さに感謝したい。そういった様々な欲求を満たしてくれた大満足の一本でしたね……。私の世界も美しいです。

そしてケンティーもそうだけれど、キャスティングが良いの一言に尽きる。順役の芳根京子ちゃんの透明感、菜月役の石井杏奈ちゃんの等身大の優等生感、鋭いナイフのような寛一郎くんのピュアさ、役にはまっていると同時に、一人の俳優さんとして今後も出演作をチェックしたい。

と、いうわけで良作でした。万人受けするかは分からないけれども、若手俳優による(恋愛)青春映画、というだけで敬遠しないでほしいぞ。以上!

*1:29日にTV放送するらしいのでまだの方は是非!

*2:実写版公式HPより

*3:アニメ版公式HPより

*4:「最高の失恋」なのは予め提示されてるのだけれども

*5:<Sexy Zone中島健人インタビュー>「ここさけ」実写化で“最大の罪”が明らかに?言葉、そして“夢”と向き合う―「絶対にブレることはない」 - モデルプレス

*6:CUT 2017年7月号p36

*7:ピクトアップ 2017年8月号p78